過蓋咬合を治すとしゃくれる?下顎が回転する仕組みと、変化が出やすい条件

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歯科医院で「噛み合わせが深いですね」と言われた。下の前歯がほとんど見えていない、と指摘された。そこまでは受け止められても、治すと顎が前に出るらしい、という話を目にすると手が止まります。
しかも、出てくる話は一方向ではありません。顎が前に出るという説明もあれば、顔が長くなるという説明も見つかります。前に出るのか、長くなるのか、話が食い違っているように見えるはずです。
食い違って見えるのは、実は下顎に起きることが1種類ではないからです。深い噛み合わせを浅くしたとき、下顎はどう動くのか。その仕組みを追っていくと、2つの噂がどちらも成り立つ理由と、自分の場合はどちらに近いのかが見えてきます。変化が出やすい条件と出にくい条件、治療を決める前に確認できることまで順に整理します。
先に結論|顎の骨が前に伸びることは起きない。ただし見え方は変わりうる
先に答えを出します。整理すると3点です。
- 矯正で歯を動かしても、下顎の骨そのものが前に伸びることは起きません。骨の長さや形が変わるわけではないためです
- 一方で、下顎の位置と角度は変わりえます。顎の先は下顎の一部なので、位置が変われば横顔での見え方も変わります
- そして、その変化の向きは治し方によって変わります。顎が引っ込む方向に動くこともあれば、前に出て見える方向に動くこともあります
「しゃくれる」という噂と「顔が伸びる」という噂が同時に流れているのは、この3つ目が理由です。逆向きの2つの現象が、どちらも起こりうる。だからどちらの話も見つかります。
過蓋咬合とは|前歯の重なりが深く、下の前歯が隠れている状態
過蓋咬合(かがいこうごう)は、上の前歯と下の前歯が縦方向に深く重なっている噛み合わせです。ディープバイトとも呼ばれます。
噛んだときに上の前歯が下の前歯をどれくらい覆っているかで見ます。目安として、下の前歯の3分の1以上が隠れていると深い側に入り、ほとんど見えない場合はかなり深い状態です。ご自身で鏡を見て、噛んだ状態で下の前歯がどれだけ見えるかを確かめると、おおよその見当はつきます。
過蓋咬合は、不正咬合の分類のひとつとして扱われます。深いこと自体が痛みを生むわけではないため、指摘されるまで気づかない方が多い噛み合わせです。ただし、上下の前歯が縦に強く重なっていると、それが下顎の動きを制限する壁になることがあります。ここが、この記事全体の出発点になります。
噛み合わせのズレには前後方向・左右方向・上下方向があり、過蓋咬合は上下方向のズレにあたります。他のタイプとの位置づけは噛み合わせは矯正で治る?ズレの方向でわかる不正咬合6タイプと治療の全体像で整理しています。
なぜ「治すとしゃくれる」と言われるのか|下顎の自動回転という現象
下顎は「開く・閉じる」だけでなく、蝶番のように回る
下顎は、耳の前あたりにある顎関節を支点としてぶら下がっている骨です。口を開け閉めするとき、この支点を軸にして回っています。
ここで見落とされやすいのが、奥歯の高さが変わると、口を閉じたときの下顎の止まる位置も変わるということです。上下の奥歯が当たったところで下顎は止まります。だから奥歯が高くなれば、下顎はその手前で止まることになり、少し開いた角度で落ち着きます。逆に奥歯が低くなれば、下顎はより深く閉じた角度まで回り込みます。
この、奥歯の高さの変化にともなって下顎が勝手に回る動きを、オートローテーション(下顎の自動回転) と呼びます。歯を並べる治療をしているつもりでも、奥歯の高さが変われば、顎全体の角度が付随して変わるということです。
回転には向きが2つあり、顔の見え方は逆になる
この回転には向きがあります。向きによって、顔の見え方は逆方向に動きます。
| 後ろ下方向への回転 | 前上方向への回転 | |
|---|---|---|
| きっかけ | 奥歯の高さが増える | 奥歯の高さが減る |
| 下顎の動き | 支点を中心に後ろへ回り込む | 支点を中心に前へ回り込む |
| 顎の先の見え方 | 引っ込む方向 | 前に出る方向 |
| 顔の長さの印象 | 長く見える方向 | 短く見える方向 |
| 対応する噂 | 「治すと顔が伸びる」 | 「治すとしゃくれる」 |
つまり、世の中に流れている2つの噂は、同じ回転の逆向きの話です。両方が同時に起きることはありません。どちらが起きるかは、噛み合わせをどう浅くするかで決まります。
過蓋咬合の治療で実際に起きやすいのはどちらか
深い噛み合わせを浅くする方向は、大きく2つに分けられます。
ひとつは前歯を沈める方向です。深く重なっている前歯そのものを歯ぐき側へ入れて、重なりを減らします。この場合、奥歯の高さは変わりません。奥歯の高さが変わらなければ下顎の止まる位置も変わらないため、回転はほとんど起きません。
もうひとつは奥歯を伸ばす方向です。奥歯を噛み合わせの面に向かって出すことで、その分だけ前歯の重なりが浅くなります。この場合は奥歯の高さが増えるため、下顎は後ろ下方向に回ります。表のとおり、顎の先は引っ込む方向、顔は長く見える方向です。
ここで確認したいのは、どちらの方向も「しゃくれる」向きではないということです。前に出る方向の回転が起きるのは奥歯の高さが減った場合であり、それは深い噛み合わせをさらに深くする動きにあたります。過蓋咬合を浅くするという治療の目的とは逆方向のため、通常の治療計画で意図的に起こす動きではありません。
実際の治療では、前歯を沈める動きと奥歯を伸ばす動きを組み合わせ、どちらの比重を大きくするかを症状に応じて決めていきます。どの装置がこの動きを得意とするかについては噛み合わせが深いとマウスピース矯正は難しい?過蓋咬合に必要な2つの動きと適応の見極め方で扱っているため、本記事では装置ごとの比較には踏み込みません。
自分の噛み合わせがどちらの方向を必要としているかは、鏡を見るだけでは判断がつきません。検査を受ければ費用をかけずに現状を把握できるところもあります。無料で歯並びを診断してみる
※矯正治療は保険適用外の自由診療です。費用・リスクは医院や症状により異なります。
それでも「顎が前に出た」と感じる場合の正体
ここまでの説明だけなら、しゃくれる方向の変化は起きないことになります。ところが実際には、治療後に「顎が前に出た」と感じる方がいます。噂の出どころはここです。
原因は回転ではなく、下顎の前後位置にあります。
深い重なりが、下顎を後ろの位置に留めていることがある
前歯が深く重なっていると、下の前歯の先端が上の前歯の裏側に当たります。この当たり方によっては、下顎が閉じるときに後ろへ誘導されることがあります。噛もうとするたびに、上の前歯の裏側という壁に沿って下顎が後ろに滑る、という状態です。
この状態が続いていると、顎関節の構造上とれるはずの位置よりも、後ろの位置で日常的に噛んでいることになります。ご本人にとってはそれが普段の噛み方なので、後ろに留められているという自覚はありません。
壁が外れると、下顎は本来閉じられる位置で噛めるようになる
治療で前歯の重なりが浅くなり、上の前歯の内側への傾きが整うと、この壁がなくなります。すると下顎は、後ろへ誘導されることなく閉じられるようになります。
このとき起きているのは、骨が伸びたのではなく、位置が変わったということです。もともと下顎が持っていた位置に戻る、という表現をされることもありますが、より正確には、動きを制限していた要素が外れたために、噛む位置が変わったということになります。
見た目としては、顎の先が以前より前にあるように見えます。横顔の印象が変わるのはこの変化によるものです。「治すとしゃくれる」という体感の多くは、この現象を指していると考えられます。
実際に起きる変化はどのくらいの大きさか
下顎の前後位置の変化は、ミリ単位で語られる大きさです。輪郭が別人のように作り替わるものではありません。骨格そのものが変化していない以上、顔の骨の大きさや形は治療の前後で同じです。
ただし、少し注意が必要な点があります。顎の先(オトガイ)は下顎の先端部分であり、下顎が動けば一緒に動きます。そして顎の先は、横顔の輪郭の一番外側に出ている点のひとつです。輪郭線の端にある部分がわずかに動くと、正面から見たときよりも横顔で目立ちます。
治療後に横顔の写真を見て変化に気づく、というのはこのためです。数値としてはわずかでも、線の形として見ると気づきやすい位置にあります。
なお、横顔の印象は顎だけで決まるものではなく、鼻・唇・顎の3点の位置関係で見るのが一般的です。この見方についてはEラインとは?鼻・唇・あごの3点に分けて原因を見分ける方法で扱っています。顎が前に出て見えるようになったと感じても、実際には唇まわりの変化が印象を動かしていることもあります。
変化が出やすい条件・出にくい条件
ここまでの内容をもとに、どういう場合に見た目の変化が出やすいのかを整理します。あくまで傾向であり、個別の判断は検査を経て歯科医師が行います。
| 観点 | 変化が出やすい側 | 変化が出にくい側 |
|---|---|---|
| 前歯の重なりの深さ | 下の前歯がほとんど隠れている | 下の前歯が半分以上見えている |
| 下顎の誘導 | 噛むときに下顎が後ろへ滑る感覚がある | 前歯の裏に当たっている感覚がない |
| もともとの顎の位置 | 下顎が後方にあると評価されている | 上下の顎の前後関係が整っている |
| 噛み合わせの高さ | 奥歯が低く、噛み合わせ全体が沈んでいる | 奥歯の高さが保たれている |
| 治し方の比重 | 奥歯を伸ばす比重が大きい(顔が長く見える方向) | 前歯を沈める比重が大きい |
| 原因の所在 | 歯の傾きや位置による深さ(歯性) | 顎の骨格の形による深さ(骨格性) |
最後の行は補足が要ります。歯の傾きが原因で深くなっている場合は、歯を動かすことで噛み合わせの深さそのものが変わるため、下顎の止まり方も変わります。一方、顎の骨格の形が主な原因である場合は、歯を動かせる範囲で対応できる部分が限られるため、見た目の変化も歯性の場合より小さく収まる傾向があります。
※上記は保険適用外の自由診療にあたる矯正治療を前提としています。
※費用は医院・症状により異なります。
※主なリスク・副作用:治療中の痛みや違和感、歯の根が短くなること、歯ぐきの退縮、噛み合わせの一時的な不安定さ、治療後の後戻りなど。歯を動かす量や方向によって起こりうる内容は変わります。
※通院回数は治療内容・個人の状態により異なります。
「しゃくれて見える」と「しゃくれている」は別物
言葉のうえで混同されやすい点を整理しておきます。
一般に「しゃくれ」と呼ばれる状態のうち、歯科で扱われるのは受け口(反対咬合)です。これは、噛んだときに下の前歯が上の前歯より前に出ている状態を指します。前後関係が逆転しているという、構造上の特徴があります。
一方、この記事で扱ってきたのは、前後関係は逆転しないまま、下顎の位置や角度が変わることで顎の先が以前より前に見えるという現象です。噛み合わせの前後関係は保たれています。
過蓋咬合の治療によって前後関係が逆転し、受け口の状態になるということは、通常の治療計画において想定されるものではありません。治療は前歯の重なりを適切な深さに収めることを目標に進めるため、深さを通り越して逆転させる方向には向かいません。
受け口そのものの成り立ちや治療の考え方については受け口の矯正|4つの成り立ちと装置別の適応・手術が検討される基準で扱っています。
治療を決める前に確認できること
不安のまま治療に入るか、確かめてから入るかで、その後の受け止め方は変わります。事前に確認できることを3つ挙げます。
側面の規格レントゲン写真で位置関係を見る
矯正の検査では、横顔の規格レントゲン写真を撮るのが一般的です。決まった条件で撮影するため、上下の顎の前後位置、顎の角度、前歯の傾きを数値として比べられます。
ここで見たいのは、自分の深い噛み合わせが歯の傾きによるものか、顎の骨格の形によるものかです。前の節で触れたとおり、この区別が見た目の変化の大きさに関わってきます。カウンセリングの段階では撮影しない医院もあるため、検査の内容に含まれるかを事前に聞いておくとよいでしょう。
「どうやって浅くする計画か」を聞く
治療計画の説明を受けるとき、前歯を沈める方向が主なのか、奥歯を伸ばす方向が主なのかを聞いてみてください。この記事で見てきたとおり、この2つは下顎の回転に与える影響が違います。
顎が引っ込む方向と前に出て見える方向、どちらの可能性があるのかを事前に共有できていれば、治療後に予想外だったと感じることは減ります。答えにくい質問ではないので、遠慮なく聞いてよい内容です。
シミュレーションで分かること・分からないこと
治療前に歯の動きを画面上で見せてもらえることがあります。歯がどう並ぶかのイメージはつかめますが、顔の輪郭や横顔の印象の変化までは表現されないことが多いという限界があります。
歯列の変化と顔の見え方の変化は別のものです。歯並びのシミュレーションで確認できる範囲については歯並びの写真診断とは?AIシミュレーションとの違い・分かることと分からないこと、治療前後の比較の見方については矯正のビフォーアフターの見方|写真から自分の変化を読み取る5つの確認項目で扱っています。
自分の噛み合わせがどのタイプに当たるかは、口の中を見るだけでは判断がつきません。まず現状を把握するところから始められます。無料で歯並びを診断してみる
※矯正治療は保険適用外の自由診療です。費用・リスクは医院や症状により異なります。
治さないままにした場合に起きうること
見た目の不安から治療を見送るという判断もありえます。その場合に何が起こりうるかも、判断材料として挙げておきます。
前歯が深く重なっていると、下の前歯の先端が上の前歯の裏側に強く当たります。この接触が続くと、歯の先端やその裏側がすり減っていくことがあります。すり減りは元に戻らないため、時間の経過とともに蓄積します。
重なりが深い場合、下の前歯が上の前歯の裏の歯ぐきに当たることもあります。当たる状態が続くと、その部分の歯ぐきが下がったり、炎症が起きたりすることがあります。
また、下顎が後ろに誘導される噛み方が習慣化していると、顎関節に負担がかかる可能性が指摘されています。朝起きたときに顎のあたりがだるい、口を開けるときに音がする、といった感覚がある場合は、いちど歯科医院で確認してもらう対象になります。
これらは今すぐ何かが起きるという話ではなく、年単位で少しずつ進む種類の変化です。困っていないから治さないという判断も成り立ちますが、困りごとが出るまでに何が進んでいるかは把握しておくと、後から選択肢を検討しやすくなります。
よくある質問
Q. 治療後に顎が前に出たと感じた場合、元の状態に戻せますか
歯の位置は矯正で動かせるものなので、噛み合わせの深さを再度調整するという選択肢はあります。ただし、以前の深い状態に戻すことは、前歯のすり減りや歯ぐきへの当たりといった課題を戻すことにもなります。どこまで調整するかは担当の歯科医師と相談する内容になります。まずは治療前に方針を確認しておくほうが、選択肢は広く持てます。
Q. 顔が長く見えるのと顎が前に出て見えるのは、どちらが起きやすいですか
治し方によります。奥歯を伸ばす比重が大きい計画では顔が長く見える方向、前歯を沈める比重が大きい計画では回転がほとんど起きません。そのうえで、下顎が後ろに誘導されていた方の場合は、誘導が外れることで顎が前に見えるようになる変化が加わります。この組み合わせで結果が決まるため、一律にどちらとは言えません。
Q. マウスピース型の装置でも下顎の回転は起きますか
回転は装置の種類ではなく、奥歯の高さがどう変わるかで決まります。どの装置であっても、奥歯を伸ばす方向の治療をすれば下顎は後ろ下方向に回ります。装置ごとに得意な動きと苦手な動きがある点については、噛み合わせが深いとマウスピース矯正は難しい?過蓋咬合に必要な2つの動きと適応の見極め方で扱っています。
Q. 大人になってからでも下顎の位置は変わりますか
顎の骨の成長は成人までにおおむね終わりますが、この記事で扱ってきたのは骨の成長ではなく、噛み合わせによって決まる下顎の止まる位置です。位置は成人以降も、噛み合わせが変われば変わりえます。ただし変化の幅は、歯を動かせる範囲に収まります。
Q. 噛み合わせが深いだけで、痛みも困りごともありません。治療は必要ですか
治療するかどうかは、困りごとの有無だけでなく、すり減りや歯ぐきへの当たりがどの程度進んでいるかを見て判断します。今の状態を記録しておき、年単位で変化を追うという選択肢もあります。現状を把握したうえで見送ることと、把握しないまま見送ることは違うため、検査を受けてから決めるという順序をおすすめします。
まとめ|「しゃくれる」の不安は、向きを分ければ整理できる
過蓋咬合の治療で歯を動かしても、下顎の骨そのものが前に伸びることは起きません。変わるのは、下顎の位置と角度です。
下顎は顎関節を支点に回る骨で、奥歯の高さが変われば止まる位置も変わります。奥歯を伸ばせば後ろ下方向に回り、顎は引っ込んで顔は長く見える方向に動きます。前歯を沈める方向であれば、奥歯の高さは変わらないため回転はほとんど起きません。どちらも顎が前に出る向きではありません。
それでも顎が前に出たと感じる場合、起きているのは回転ではなく、深い重なりによって後ろへ誘導されていた下顎が、その制限から外れたことです。骨が伸びたのではなく、噛む位置が変わったということになります。変化はミリ単位で、輪郭が作り替わるものではありませんが、顎の先は横顔の輪郭の端にあるため気づかれやすい場所です。
自分にどの程度の変化が起きうるかは、前歯の重なりの深さ、下顎が誘導されているか、深さの原因が歯にあるか骨格にあるかによって変わります。ここは横顔の規格レントゲン写真を含む検査で見当がつく部分です。治療をするかどうかを決める前に、自分がどのタイプかを知っておく。それが、不安を抱えたまま進むことも、不安のまま見送ることも避ける方法です。
※矯正治療は保険適用外の自由診療です。費用・リスクは医院や症状により異なります。
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